<返還式後>2009年10月29日
てんくろうの会定例会の翌日、佐川町、越知町を経て、町名の由来にもなっている仁淀川の下流を臨みながら仁淀川町へと入りました。
(仁淀川の水は透き通っています。)
仁淀川町では、当初からお世話になっている桜守の金尾大蔵さんにお会いすることができました。実は、金尾さんとお会いするのはとても久しぶりで、返還式でもお会いできず、バタバタと帰京してからも少し心配していたほどでした。久しぶりにお会いでき、お伺いしたところ、畑作業のさ中に農耕具が降ってきた(!?)とかで、手術してしばらく入院されていたようでしたが、杖をつく姿が痛々しいものの、お元気そうなご様子でひと安心しました。
久方ぶりの再会を喜びながら、金尾さんには返還式後に播種された場所へと案内していただきました。その場所はひょうたん桜から少し下ったところ。もう軒数も少なくなった民家の並ぶ一画にあり、播種された一帯は青のビニールテープで囲われていました。
返還式のあとは、同姓の地区長の金尾さんや大野教育長がひとまずは数十粒ほどを播種したそうで、その後は桜地区の皆さんが代わる代わる見守ってくれているそうです。本当にありがたいことです。そんな話を伺ったのち、播種された一帯からひょうたん桜の親木を見上げると、まるでひょうたん桜も優しく見守ってくれているかのように見えました。
その夜。
いつもであれば急いで山を駆け下りて空港にまっしぐら、、、のところですが、今日はさらに西に15分ほど山を上がった下名野川地区に入りました。地区に入ったころ、既に辺りは真っ暗闇。ただただヘッドライトだけを頼りに山道を上がっていき、心細くなったころにようやく到着しました。
たどり着いた「しもなの郷」は、廃校になった下名野川小学校を活用した宿泊もできる施設で、ここには大野教育長がお手掛けの木星電波観測所はじめ、工作所や多目的室、体育館など、地域の人々や観光客も様々に使える設備があり、さらには図書室や黒板、校庭には二宮金次郎など、かつての面影をところどころに残したとても野趣あふれる施設でした。
大野教育長とは、ここで"打合せ"をする約束になっていました。
"打合せ"では押岡次長と谷平次長にも加わっていただき、今では地元でも珍しくなったという茹でツガニ、この辺りではどこにでも生えていて大野教育長いわく"雑草"、でも食べたらとてもおいしくて止まらなくなったイタドリの炒め物、それから固豆腐の田楽、王道のカツオのタタキなどなど、もうたくさんの地元料理が大皿に乗っかって所狭しと出迎えてくれました。いつの間にか地元の方や館長の中西さんも加わり、土佐式の杯交しで日本酒をいただきはじめたころ、打合せの終盤には記憶も朧になったのは言うまでもありません。最後の最後に地元産の次郎柿を皮ごと頂いたこと、12月5日の再会を固く約束したこと、だけが記憶に残りました。
(高知県コーディネーター 貫井 智之)



