ひょうたん桜1582(天正10)年2月、戦国の時代。武田家三代目当主勝頼は天目山で自害、鎌倉時代から続く名門武田家が長篠の戦いで滅亡した・・・史実では、織田信長に自害させられたことになっている勝頼。
実は、落ち延びてこの地にたどり着いた、という伝説が、甲斐より遥か800㎞西の、ここ高知県仁淀川町で語り継がれています。
没齢37歳の彼は、この地で「大崎玄蕃」を名乗り、この名を取った「玄蕃祭り」は、没年にほぼ重なる400年もの間親しまれてきました。
その勝頼がこの地を去ることになったとき、彼を愛したこの地の人々が勝頼を引き留めるため、「ひょうたん桜」を植樹した、とも言い伝えられています。
ひょうたん桜のさくらんぼ甲斐といえば、当プロジェクトでも取り上げている山高神代桜。
図らずも、伝説を通した桜の繋がりが見えました。
(写真上は4月上旬のひょうたん桜。写真下はひょうたん桜のさくらんぼ。)


